バイエル ピアノ教則本 初心者への紹介 使用法 併用して練習するおすすめ楽譜リスト

やさしい紹介

フェルディナント・バイエルの《ピアノ教則本 Op.101》は、ピアノをはじめたばかりの人が、少しずつ基本を身につけていくための教則本です。日本では「バイエル」という名前で広く知られており、長い間、子どもから大人まで多くの初心者に使われてきました。

この教則本では、最初は楽譜の読み方や指の番号、鍵盤の場所など、ピアノを弾くために必要なことから学びます。そして、右手や左手の練習から始めて、だんだん両手を一緒に使う練習へ進んでいきます。簡単な課題から少しずつ難しくなるので、初めてピアノを弾く人でも練習しやすい構成になっています。

バイエルで大切なのは、音符を間違えずに弾くことだけではありません。楽譜を見て音やリズムを理解し、指を思い通りに動かし、両手を合わせて弾く力を育てることができます。これらは、どんなピアノ曲を弾くときにも必要になる基本的な力です。

練習するときは、最初から速く弾こうとせず、ゆっくり正確に弾くことを大切にしましょう。音やリズムを確かめながら何度か練習し、慣れてきたら少しずつ速くしていきます。手や指に力を入れすぎず、自分が出している音をよく聴くことも大切です。

バイエルは、きれいな名曲を楽しむための曲集というより、ピアノを上手に弾くための基礎を学ぶ本です。そのため、バイエルと一緒に、バッハやブルクミュラー、ギロックなどの楽しい曲を弾くのもおすすめです。基礎練習と好きな曲を組み合わせることで、ピアノを学ぶ楽しさも広がります。

バイエルは、ピアノの長い学習の最初に「楽譜を読む」「指を動かす」「両手で弾く」という基本を身につけるための、分かりやすい入門教材です。一曲ずつあせらず練習していけば、少しずつ弾ける曲が増え、次のピアノ曲へ進むための力が身についていきます。

詳しい紹介・解説・使用法

フェルディナント・バイエル(Ferdinand Beyer, 1803/1806–1863)の《ピアノ奏法入門書 Op.101(Vorschule im Klavierspiel)》は、ピアノを初めて学ぶ人のために書かれた19世紀の代表的な教則本です。一般には単に「バイエル」と呼ばれ、日本では明治時代から非常に長く使われてきました。原著は1850年頃に出版され、現在も世界各地で楽譜が出版されています。特に日本での普及は大きく、1889年にはアメリカの音楽教育家L. W. メーソンによって当時の日本の音楽教育機関でピアノ教材として採用されました。

《Op.101》という作品番号だけを見ると一つの大きな曲のように思えますが、実際には、初心者がピアノを学ぶための多数の短い練習曲と予備練習からなる教材です。原題には、幼い学習者のための「ピアノ奏法入門書」であり、106曲の2手・3手・4手の練習曲、予備練習、指の練習、音楽の基礎を含むことが示されています。つまり、単に簡単な曲を集めた曲集ではなく、「楽譜を読むこと」から始めて、少しずつ鍵盤上で音楽を扱えるようにすることを目的とした体系的な入門教材です。

バイエルの最大の特徴は、難しいことを一度に要求せず、非常に小さな段階に分けて技術を導入していることです。最初は音符や休符、音価、拍子、鍵盤の位置など、ピアノを弾くために必要な基本事項を学びます。その後、右手だけ、左手だけ、両手という順序で練習し、さらに教師と生徒が一緒に演奏できる3手連弾や4手連弾も登場します。現在の教則本では当然のように思える「先生と一緒に演奏する」という方法も、バイエルの構成の中にすでに取り入れられています。

初期の練習では、五本の指を比較的狭い音域に置いて、指を順番に動かすことが中心になります。特に前半では、基本的に5音程度の範囲で構成された練習曲が多く、初心者が鍵盤と楽譜を結びつけるのに適しています。右手と左手を別々に動かすだけでなく、両手を同時に動かすことによって、目で楽譜を読みながら左右の手を別々にコントロールする能力を少しずつ育てていきます。

この「少しずつ」という点は、バイエルを理解するうえで非常に重要です。初心者にとってピアノは、右手、左手、目、耳、リズム、指番号などを同時に扱わなければならない楽器です。いきなり広い音域を弾いたり、複雑な伴奏を加えたりすると、楽譜を読むことと指を動かすことの両方が難しくなります。バイエルでは、最初はできるだけ単純な動きに限定し、それを繰り返しながら、徐々に新しい要素を加えていきます。そのため、ピアノを初めて学ぶ人にとって「何を練習すればよいのか」が比較的明確です。

前半の練習では、五指の基本的な動き、音符の読み方、両手の協調、基本的なリズムなどが中心になります。右手と左手が同じような動きをする練習から始まり、両手をオクターヴ違いで動かす練習などへ進みます。このような準備を重ねることで、初心者がいきなり複雑な両手奏に入ることを避けています。バイエルの構成を詳しく見ると、単純な練習の繰り返しに見える部分にも、次の段階へ進むための準備という役割があります。

第64番あたりまでを一つの大きな前半として考えると、その後の第65番以降では、明らかに技術的な内容が変化します。特に重要なのが指くぐりです。親指を使って音階を移動するための基本的な動作が登場し、そこから音階、より広い音域、複雑なリズム、装飾音、半音階など、初心者には一段難しい技術が加わっていきます。つまり、バイエルは最初から最後まで同じ種類の簡単な練習を続けるのではなく、前半で基礎的な両手奏を準備し、後半で鍵盤上をより自由に移動するための技術へ進む構成になっています。

後半に入ると、単に「音を正しく押す」だけでは十分ではなくなります。指くぐりによって手の位置を移動させ、音階を滑らかに弾き、音域の広い旋律を扱い、8分音符などのリズムを正確に演奏する必要が出てきます。さらに装飾音や半音階も加わるため、前半で身につけた基本的な指の独立や両手の協調が、実際の音楽的な演奏へと発展していきます。バイエルを最後まで丁寧に進めることには、単に「106番まで終わった」という以上に、次のレベルのピアノ作品へ進むための基礎を整える意味があります。

一方で、バイエルは現代のピアノ教育の観点から見ると、現在の総合的なピアノ・メソッドとは少し性格が異なります。現代の教材では、読譜、リズム、テクニック、音楽表現、聴音、即興、さまざまなジャンルの曲などを一つの教材の中で幅広く扱うことがあります。それに対してバイエルは、現代の教材と比較すると「ピアノの技術を段階的に身につけるための教則本」という性格が強く、特に技術教材として見ることができます。現在出版されている英語版の解説でも、20~21世紀のピアノ・メソッドと比較すると、むしろテクニック・ブックに近い性格があると説明されています。

そのため、初心者がバイエルを使う場合には、一曲を「弾けるようにする」だけで終わらせないことが重要です。たとえば新しい曲に取り組むときは、まず楽譜を見て、調号、拍子、音符、休符、指番号などを確認します。次に、必要なら右手と左手を別々に練習し、その後に両手でゆっくり弾きます。最初から速く弾く必要はありません。むしろ、ゆっくりしたテンポで正しい音、正しいリズム、自然な指使いを確認し、間違いを減らしてから徐々に速度を上げるほうが効果的です。

特に教師が指導する場合には、バイエルの番号を単純に「何番まで進んだか」という進度表にしないことが大切です。同じ番号まで進んだ生徒でも、楽譜を読む力、リズム感、指の独立、音の聴き方、両手の協調、音楽的な表現力には大きな違いがあります。したがって、「第30番まで終わった」「第50番まで弾いた」ということだけで生徒の実力を判断するのではなく、それぞれの練習曲で何を身につけたかを見るほうがよいでしょう。

また、バイエルでは指番号を単なる暗記項目として扱わないことも重要です。指番号は、楽譜を弾きやすくするための具体的な手段です。同じ曲でも手の大きさや指の長さによって多少の調整が必要になる場合がありますし、古い版と新しい版では指使いが変更されている場合もあります。実際、バイエルの指使いとその変遷について研究も行われています。したがって、教師は印刷された指番号を絶対的な規則として教えるのではなく、「なぜこの指を使うと弾きやすいのか」を生徒に理解させることが大切です。

バイエルのもう一つの重要な特徴は、教師と生徒が一緒に音楽を作ることを想定した練習が含まれていることです。3手連弾では教師が加わって音楽的な伴奏を作ることができ、4手連弾では生徒が一人で練習する場合とは違った音楽の流れを経験できます。これは初心者にとって非常に有効です。まだ自分だけで十分な表現ができなくても、教師の演奏を聴きながら一定の拍を保ち、相手の音を聴いて演奏する経験ができます。バイエルは単なる「一人で指を動かす練習帳」ではなく、もともと教師による指導を想定した教材でもあります。

初心者がバイエルを使用するときは、一日に大量の曲をこなす必要はありません。むしろ、その日の課題を数小節ずつ丁寧に練習し、翌日に前日の内容を復習してから新しい部分へ進む方法が適しています。簡単に見える曲でも、音を間違えずに弾くことだけを目標にせず、一定のテンポを保つこと、音の強さをそろえること、フレーズを意識すること、手や腕を必要以上に緊張させないことなどにも注意すると、教材としての価値が大きくなります。

さらに、バイエルを使っている間にも、できるだけ早い段階から小さな作品を「音楽」として楽しむことが重要です。バイエルの練習曲は基本技術を身につけるためのものなので、すべての曲がコンサート用の魅力的な作品として書かれているわけではありません。そのため、バイエルだけを延々と練習すると、初心者が「ピアノとは練習曲を弾くもの」という印象を持ってしまう可能性があります。バイエルと並行して、短いクラシック小品、童謡、簡単な舞曲、バロック作品などを弾かせると、技術練習と音楽的な楽しさを両立しやすくなります。

逆に、バイエルを「古い教則本だから現在では意味がない」と考える必要もありません。19世紀の教材なので、現代のピアノ教育とは異なる部分がありますが、初心者に必要な基本的な課題、つまり楽譜を読むこと、鍵盤の位置を理解すること、指を独立して動かすこと、左右の手を協調させること、基本的なリズムを身につけることなどは、現在でもピアノ学習の重要な基礎です。現在もさまざまな出版社からバイエルの版や改訂版、併用曲付きの版が出版されていることからも、その教材としての役割が完全になくなったわけではありません。

特に成人の初心者にもバイエルは利用できます。原著は子どもを意識した教材ですが、基本的な内容そのものは年齢を問わず利用できます。大人の場合は、子ども向けの絵や説明が多い現代教材よりも、簡潔に練習曲が並んでいるバイエルのほうが使いやすいと感じることもあります。ただし、成人の場合でも、すべてを機械的に順番通り終える必要はありません。すでに読譜や片手奏ができる場合には、教師が適切な番号から始めたり、必要な練習だけを選んだりすることもできます。

反対に、非常に幼い生徒に対しては、原典の順番をそのまま厳密に進めることが必ずしも最善とは限りません。生徒によって手の大きさ、集中力、読譜能力、音楽経験が違うためです。教師がバイエルを中心教材として使う場合には、バイエルの練習曲を一つの基準として利用しながら、歌う、リズムを打つ、鍵盤を探す、先生と連弾する、簡単な曲を聴くといった活動を組み合わせると、より豊かな学習になります。

バイエルの終盤まで進んだときには、初心者としての最初の段階をかなり越えています。もちろん、バイエル終了がそのまま「初級修了」を意味するわけではありませんが、音階や指くぐり、半音階、より複雑なリズムなどを経験しているため、次の教材へ移るための土台ができています。ここからは、ツェルニー、ブルクミュラー、ソナチネ、バッハの小品、シューマンやチャイコフスキーなどの初級作品、さらにショパンなどへ、目的に応じて進んでいくことができます。

したがって、《ピアノ教則本 Op.101》を最も分かりやすく表現するなら、「ピアノを弾くための最初の技術と読譜を、非常に細かな段階に分けて学ぶための古典的な入門教則本」といえるでしょう。華やかな名曲を学ぶための曲集ではなく、ピアノ演奏の基礎を作るための教材です。初心者にとっては、音符を読むこと、両手を使うこと、指を独立させること、一定のリズムで弾くことを少しずつ学べる点が大きな利点です。教師にとっては、生徒の基礎的な技術を確認しながら、次の段階へ進むための材料として利用できます。

そして、バイエルを最も効果的に使うためには、「番号を早く進めること」よりも、「一つ一つの練習から何を学ぶか」を大切にすることが重要です。簡単な曲ほど、正しい姿勢、自然な手の形、無理のない指使い、安定したリズム、きれいな音、フレーズ、強弱を丁寧に確認できます。そうして身につけた基礎は、バイエルを終えた後にブルクミュラー、ツェルニー、ソナチネ、バッハ、ショパンなど、より本格的なピアノ作品を学ぶ際にも役立ちます。バイエルは古い教材ではありますが、ピアノ学習の最初に必要な「読む・動かす・聴く・合わせる」という基本を順序よく経験できる点に、現在でも大きな価値があります。

「標準バイエルピアノ教則本: 併用曲付」
(全音楽譜出版社)

バイエルが難しい場合のよりやさしいテキストや楽譜

トンプソン「小さなピアニスト」
バーナム「ピアノ・テクニック」
「ピアノ・アドベンチャー」
「アルフレッド・ピアノライブラリー」
ギロック「はじめてのギロック」
「フレッチャー ピアノコース ブック1」
「メトードローズ・ピアノ教則本 ピアノの1年生」
「バスティン ピアノ ベーシックス」

リンク:バイエルよりやさしい
ピアノ初学者のための教本と楽譜リスト

バイエルと並行して使いやすい楽譜

バイエルは基礎練習の性格が強いので、別に「弾いて楽しい曲」「教育的性格小品」を使用して練習すると学習が続きやすくなります。

「ハノン ピアノ教本」
ツェルニー「初歩者のためのレクリエーション」
デュベルノワ「2つの練習曲 Op.176, Op.120」
J. S. バッハ「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳」
J. S. バッハ「小プレリュードと小フーガ」
グルリット「こどものためのアルバム Op.140」
グルリット「こども音楽会 Op.210」
ケーラー「子どものための練習曲 Op.190」
ケーラー「12のやさしい練習曲 Op.157」
ブレスラウアー「やさしいピアノ小品集 Op.46」
カバレフスキー「35のやさしい小品集 Op.88」
カバレフスキー「やさしい変奏曲 Op.40-1, Op.51」
カバレフスキー「こどものためのピアノ小曲集 Op.27」
ギロック「こどものためのアルバム」
ギロック「発表会のための小品集」
ブルクミュラー「25の練習曲 Op.100」

バイエル終了後に練習する楽譜

バイエル終了後は多くのピアノ学習者はブルクミュラー「25の練習曲 Op.100」に進んみます。「ブルクミュラー」と並行して練習すると効果的で楽しく、表現やテクニックを伸ばせる楽譜は以下の通りです。(バイエル併用楽譜と重複しています。)

ブルクミュラー「25の練習曲 Op.100」
ツェルニー「100番練習曲 Op.139」
ツェルニー「第一課程練習曲 Op.599」
レオポルド・モーツァルト「ナンネルの音楽帳」
J. S. バッハ「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳」
J. S. バッハ「小プレリュードと小フーガ」
「プレ・インベンション」
ギロック「叙情小曲集」
カバレフスキー「24の小品 Op.39」
カバレフスキー「二つのソナチネアルバム Op.13」
ハチャトゥリアン「少年時代の画集」
チャイコフスキー「こどものアルバム Op.39」
シューマン「子供のためのアルバム Op.68」
ソナチネ・アルバム 第1巻のやさしい作品

「標準バイエルピアノ教則本: 併用曲付」
(全音楽譜出版社)

リンク

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英語版 難易度順・作曲家別・ジャンル別 楽譜リスト一覧
Index Page of English Version
Classical Piano Sheet Music, Etudes & Collection Lists
By Difficulty and/or Composer

ハノン ピアノ教本について 特徴 有効性 疑問点 その他のピアノエクサイズ 指のトレーニング 技術練習曲

「ハノン」とは?:紹介

ハノンの『ピアノ教本』は、ピアノを弾くために必要な指の動きや、左右の手の独立性を身につけるための練習曲集です。フランスのピアニスト、シャルル=ルイ・ハノンによって作られ、現在も世界中のピアノ学習者に広く親しまれています。
本書には、指を順番に動かす基本的な練習から、音階やアルペジオ、さまざまな指の組み合わせを使う練習まで、段階的に取り組める課題が収録されています。短い音型を繰り返し弾くことで、指の動きを整え、鍵盤上での指使いや音の粒をそろえる感覚を養うことができます。

初心者にとっては、バイエルなどの入門教本と並行して取り組むことで、楽譜を読む練習とは異なる角度から、ピアノ演奏の基礎を身につける助けになります。ただし、最初からすべての練習を速く弾こうとする必要はありません。まずはゆっくりとしたテンポで、左右の手の動きや音の強さを意識しながら、無理のない範囲で練習することが大切です。

ハノンは、単に指を速く動かすためだけの教本ではありません。毎日の練習に少しずつ取り入れることで、指の動きを確認し、これから学ぶさまざまなピアノ曲に取り組むための基礎を整えることができます。初心者は自分の進度に合わせて練習する範囲を選び、実際の楽曲の練習と組み合わせながら活用するとよいでしょう。

「ハノン」の特徴

ハノンの『ピアノ教本』は、ピアノ演奏に必要な指の独立性、敏捷性、均一なタッチなどを養うための代表的な練習曲集です。フランスのピアニスト・音楽教育者であるシャルル=ルイ・ハノン(Charles-Louis Hanon, 1819–1900)が作曲・編纂した教材で、原題は『60の練習曲によるヴィルトゥオーゾ・ピアニスト』(Le Pianiste virtuose en 60 exercices)といいます。1873年に出版されて以来、ピアノ学習者の基礎的な技術練習に広く用いられてきました。

本書の最大の特徴は、短い音型を反復して弾くことによって、指の動きを整え、一定のテンポと音量で演奏する能力を養う点にあります。一般的な練習曲が旋律や和声、楽曲の構成、音楽的な表現なども学ぶことを目的としているのに対し、ハノンは特定の指の動きや演奏上の技術に集中して練習できるように構成されています。そのため、毎日の練習の初めに指の動きを確認したり、実際の楽曲を演奏するための準備をしたりする教材として活用できます。

本書は全60曲からなり、大きく三つの段階に分かれています。第1部の第1番から第20番までは、指の独立性、敏捷性、均一性などを養うための準備的な練習です。比較的短く、同じような音型を繰り返す構成になっているため、指使いを守りながら、左右の手の動きや音の粒をそろえる練習に適しています。特に第4指と第5指など、動かしにくさを感じやすい指を含む音型に注意して取り組むと、指ごとの動きの違いを意識しやすくなります。

第2部の第21番から第43番までは、より高度な指の動きに加えて、親指をくぐらせる動作、音階、アルペジオなど、実際のピアノ曲にも頻繁に現れる技術を扱います。長調・短調の音階やさまざまな和音に基づくアルペジオを練習することで、鍵盤上での指の移動や調性に対する理解を深めることができます。第3部の第44番から第60番までは、同音連打、トリル、重音、オクターブ、トレモロなど、より高度な演奏技術を扱います。これらはすべての初心者が取り組む必要のある課題ではなく、演奏レベルや学習目的に応じて選ぶことが大切です。

「ハノン」の使用法

ピアノを学ぶ初心者は、まずピアノの基本的な弾き方や楽譜の読み方、五指のポジションなどを身につけたうえで、無理のない範囲から本書を取り入れるとよいでしょう。バイエルなどの入門教本を使用している段階でも、教師が適切な課題を選べば併用できますが、最初から全60曲を順番に練習する必要はありません。まずは第1部の易しい練習から始め、左右の手の動きや指使いを理解し、一音一音を丁寧に弾くことを心がけます。

練習では、速く弾くことよりも、音の長さや強さをそろえ、手や腕に余計な力が入らない状態を保つことが重要です。最初はゆっくりとしたテンポで弾き、音の抜けやリズムの乱れがないかを確認します。安定して弾けるようになったら、少しずつテンポを上げていきます。指を必要以上に高く持ち上げたり、鍵盤を強く押し込んだりする必要はありません。手首や腕の自然な動きを意識し、痛みや強い疲労を感じた場合は練習を中止し、弾き方を見直しましょう。速いテンポで弾くこと自体を目標にするのではなく、無理のない動きで正確に演奏できることを大切にします。

ピアノ教師にとって、ハノンは生徒の基礎的な演奏技術を確認し、練習課題を設定するための補助教材として活用できます。たとえば、左右の手で音の粒がそろわない生徒には均一なタッチを意識する練習を、指の移動に不安がある生徒には音階やアルペジオの練習を取り入れるなど、具体的な課題に合わせて番号を選ぶことができます。また、一定のテンポを保つこと、正しい指使いを習慣づけること、指ごとの動きの違いに気づくことなど、日々のレッスンで確認したい事項を明確にする際にも役立ちます。

ただし、ハノンを機械的に繰り返すだけでは、実際の楽曲に必要な演奏技術のすべてを身につけることはできません。ピアノ曲では、音域や音型が変化するだけでなく、旋律と伴奏の弾き分け、声部のバランス、強弱、フレーズ、ペダリングなど、多様な要素を組み合わせる必要があります。そのため、教師はハノンの練習で得られる基礎的な動きが、実際の楽曲のどの部分に役立つのかを意識させることが大切です。ハノンだけに多くの練習時間を費やすのではなく、バイエル、ツェルニー、ブルグミュラー、ソナチネなどの教材や、さまざまな作曲家の作品と組み合わせて指導すると、より幅広い演奏能力を育てることができます。

ハノンは、初心者にとってピアノ演奏の基礎を整えるための教材であり、経験を積んだ学習者にとっても、特定の技術を確認したり、演奏前に指の動きを整えたりするために利用できる練習曲集です。すべての曲を同じように練習するのではなく、自分の課題や学習段階に合った練習を選び、実際の楽曲の学習と組み合わせることが、効果的な活用につながります。初心者は焦らず着実に取り組み、教師は生徒の手の状態や習熟度に合わせて練習内容を調整することで、本書の特徴を生かした指導ができるでしょう。

ハノンの有効性と日本のピアノ教育における特異性

ハノンの『ピアノ教本』は、ピアノ演奏に必要な指の独立性、敏捷性、均一なタッチなどを養うための代表的な練習曲集です。フランスのピアニスト、シャルル=ルイ・ハノンによってまとめられた本書は、19世紀に出版されて以来、世界各国のピアノ学習者に使用されてきました。特に日本では、バイエルやツェルニーと並ぶ標準的な教材として広く知られており、ピアノを習うならば一度はハノンを練習する、という考え方が長く定着してきました。

しかし、ハノンの有効性を正しく理解するためには、指の独立性や均一なタッチを養うという実際の利点と、従来のピアノ教育で重視されてきた慣習とを区別する必要があります。ハノンは優れた技術練習のための教材ですが、すべての学習者が全曲を同じ方法で練習しなければならないというものではありません。

ハノンの有効性

ハノンの第一の有効性は、特定の指の動きや音型を繰り返し練習することによって、演奏に必要な基本動作を意識的に確認できる点にあります。ピアノ演奏では、五本の指をそれぞれ適切なタイミングで動かし、左右の手を協調させながら、音の強さや長さをコントロールする必要があります。ハノンの練習曲は、こうした動作を比較的単純な音型に分けて練習できるように構成されています。

たとえば、右手と左手で音の粒がそろわない場合、特定の指だけ音が弱くなる場合、あるいは速い音型でリズムが不安定になる場合には、ゆっくりとしたテンポでハノンを弾くことが、問題の発見と修正に役立ちます。複雑な旋律や和声を同時に考える必要が少ないため、指の動きや打鍵の均一性に注意を集中させやすいからです。

第二の利点は、音階やアルペジオなど、実際の楽曲にも頻繁に現れる技術を体系的に練習できることです。音階では親指をくぐらせる動作や指の移動を、アルペジオでは広い音域にわたる鍵盤の移動や手の位置の変化を学べます。これらは古典派のソナタからロマン派の作品、近現代のピアノ音楽まで、さまざまなレパートリーを演奏する際に関係する基本技術です。

第三の利点は、練習内容を明確にしやすいことです。ハノンでは同じ音型を繰り返すため、前回の練習と比較して、テンポや音の均一性、リズムの正確さがどのように変化したかを確認しやすくなっています。毎日の練習に短時間取り入れることで、自分の演奏上の課題を継続的に観察する習慣も身につけられます。

ただし、これらの利点は、単に何度も弾けば自動的に得られるものではありません。練習の目的を理解し、実際の演奏で生じている問題と結びつけて取り組むことが重要です。ハノンを速く弾けるようになったからといって、すべてのピアノ曲を速く、正確に、自由に弾けるようになるわけではありません。練習によって改善されるのは、基本的にはその練習で扱った動作や、それに関連する技術だからです。

ハノンの限界と誤解

ハノンについて考える際には、技術練習と音楽的な演奏との違いを理解することも大切です。ハノンの多くの練習曲は、特定の動作を反復することを目的としているため、旋律の歌わせ方、フレーズの方向性、和声の変化、声部の弾き分けなどを自然に学べる構成にはなっていません。

実際のピアノ曲では、すべての音を同じ強さで弾けばよいわけではありません。旋律を伴奏よりも際立たせたり、フレーズの終わりに自然なまとまりをつくったり、和声の変化に応じて音色を調整したりする必要があります。こうした能力は、ハノンだけでは十分に育てられず、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、シューマンなどの作品を通して学ぶ必要があります。

また、ハノンを指の筋力を鍛えるための単純な筋力トレーニングとして理解することにも注意が必要です。ピアノ演奏には、指だけでなく、手首や腕を含めた身体全体の協調、鍵盤に触れる深さや速さの調整、必要に応じた脱力が関係しています。指を高く持ち上げることや、鍵盤を強く押し込むことを無条件に求めたり、無理にテンポを上げたりすると、かえって動作が硬くなる場合があります。痛みや強い緊張を感じるような練習は避けるべきです。

さらに、ハノンを最初から最後まで順番に練習することが、すべての学習者にとって最も効果的とは限りません。初心者であれば、必要な技術を学ぶ前に難しい練習へ進むことは適切ではありません。一方、ある程度の演奏経験がある学習者でも、すでに十分に習得している音型を長時間繰り返す必要はありません。現在の課題に適した練習を選び、改善が確認できたら、その時間を別の技術や実際の楽曲の練習に振り向けることが合理的です。

ハノンのような基礎練習では、実際に演奏したい作品と結びつけて学ぶことも重要です。ハノンを学ぶこと自体が目的になるのではなく、そこで得た技術を作品の演奏に応用できることが大切なのです。

日本のピアノ教育におけるハノンの特異性

ハノンが日本で特に重要な位置を占めている背景には、日本のピアノ教育で、段階的な教則本と練習曲集を組み合わせて技術を習得する方法が長く用いられてきたことがあります。

日本の伝統的な学習コースでは、バイエルで楽譜の読み方や基本的な運指を学び、ハノンで指の基礎練習を行い、ブルグミュラーやツェルニーでより多様な演奏技術を学び、ソナチネやソナタへ進むという学習経路が広く知られています。このような教材の組み合わせでは、それぞれの教本に特定の役割を持たせやすくなっています。ハノンは、そのなかで指の動きや均一なタッチを集中的に練習する教材として位置づけられてきました。

この位置づけは、日本の楽譜出版にも表れています。全音楽譜出版社の『全訳ハノンピアノ教本』は1955年に発売され、バイエル後半から併用し、上級まで使用する教材として紹介されてきました。同社の説明では、指の独立性と均一性を養うための必携の教本とされています。こうした長年の出版と指導上の位置づけは、ハノンが単なる一冊の練習曲集ではなく、日本のピアノ学習における定番教材として定着したことを示しています。

また、日本ではハノンが「ピアノを習う人ならば取り組むべき基礎教材」として認識されやすい傾向があります。レッスンで毎日練習するよう指示されたり、曲の練習に入る前にハノンを弾く習慣が勧められたりすることがあります。このような使い方は、基礎技術の確認を習慣化する点では有益です。しかし、その習慣が強くなりすぎると、ハノンを弾くことそのものが学習の目的になり、なぜその練習をしているのかが見えにくくなる可能性もあります。

なお、ハノン自体は日本独自の教材ではなく、海外でも知られ、使用されています。日本での特異性は、ハノンが日本だけで使われていることではなく、バイエルやツェルニーなどと並ぶ伝統的な学習経路のなかで、基礎練習の定番として強く認識されてきた点にあると考えるのが適切です。

一方、日本のピアノ教育も一様ではありません。音楽大学を目指す学習者、趣味として学ぶ大人、保育者養成課程の学生などでは、教材の選択や練習の目的が異なります。保育者養成に関するピアノ指導者への調査でも、バイエルが主教材として根強く用いられる一方、ハノンやツェルニー、ブルグミュラーなどが技術を強化するための併用教材として使用されていることが報告されています。ただし、こうした調査は特定の地域や教育課程を対象としたものであり、日本全国のすべてのピアノ教育を代表するものではありません。

ハノンのピアノ教育に対する疑問

ハノンの『ピアノ教本』は、ピアノ演奏に必要な指の独立性や均一なタッチを養うための教材として、長年にわたって世界中で使用されてきました。特に日本では、バイエルやツェルニーなどと並んで、ピアノ学習の基礎を身につけるための定番教材として広く知られています。しかし、現在のピアノ教育という観点から考えると、ハノンの使用方法や教育上の位置づけについて、改めて検討すべき点もあります。

最も大きな疑問は、ハノンを練習すること自体が目的になっていないか、ということです。ピアノを学ぶ目的は、単に指を速く動かせるようになることではありません。楽譜を理解し、音楽の構造を捉え、美しい音色を生み出し、作品の魅力を表現できるようになることも重要です。ところが、毎日決められた番号を弾き、一定のテンポに達するまで繰り返すという練習が中心になると、何のためにその練習をしているのかという本来の目的が見えにくくなる可能性があります。

指を独立させる練習は本当に必要なのでしょうか

ハノンの基本的な考え方は、指を個別に動かす能力を養い、均一で敏捷な指の動きを身につけることにあります。この考え方には一定の合理性があります。実際、ピアノ演奏では指を適切に使い分けることが必要であり、音の粒をそろえたり、速い音型を正確に演奏したりするための基礎練習は役立ちます。

しかし、実際のピアノ演奏は、指だけで行うものではありません。手首、腕、肩などを含めた身体全体の協調が必要であり、音色やフレーズに応じて動作を柔軟に変えることも求められます。指を一本ずつ強く動かすことや、指を高く持ち上げることを一律に求めるだけでは、演奏技術の全体像を十分に捉えられません。

また、ピアノ演奏における指の独立性は、他の指や手全体の動きから完全に切り離して理解できるものではありません。実際の楽曲では、音型や音域、テンポ、強弱などに応じて、指と手首、腕の動きを組み合わせる必要があります。そのため、単純な音型で指の動きを練習するだけでなく、実際の楽曲を通して、身体全体をどのように協調させるかを学ぶことも重要です。

ハノンの音型を使用して特定の動きを練習することには意味がありますが、その練習方法をすべての学習者に一律に適用する必要があるのかについては、検討の余地があります。

機械的な反復は演奏技術を向上させるのでしょうか

ハノンの大きな特徴は、比較的単純な音型を何度も繰り返すことです。同じ音型を反復することで、指使いやリズムを確認し、動作の不均一さを発見しやすくなります。一方で、反復の回数を増やすこと自体が、必ずしも効果的な練習につながるとは限りません。

たとえば、ある音型を十分に正確に弾けるようになったあとも、同じ練習を長時間続ける必要があるのでしょうか。すでに習得した動作を目的もなく繰り返すよりも、現在練習している曲のなかで難しい部分を取り出し、必要な技術を集中的に練習するほうが、効率的な場合もあります。

また、ハノンを速く弾けるようになることと、実際の楽曲を自在に演奏できることは同じではありません。一定の音型を高速で正確に演奏できても、複雑な旋律や和声を理解し、声部のバランスを整え、適切な音色で表現できるとは限りません。練習で身につけた技術が、別の音型や楽曲にどの程度応用できるかは、学習する内容や練習方法によって異なります。

この問題は、ハノンに限らず、あらゆる基礎練習に共通するものです。反復練習を否定する必要はありませんが、反復すること自体を学習の成果と考えるべきではありません。何を改善するために練習し、どのような変化が生まれたのかを確認することが大切です。

音楽性を伴わない練習の問題

ハノンの多くの練習曲は、特定の指の動きや演奏技術を集中的に練習するために作られています。そのため、旋律の歌わせ方、フレーズの方向性、和声の変化、音色の使い分けなどを学ぶ機会は限られています。

もちろん、すべての練習が音楽的な作品として成立している必要はありません。技術に集中するための練習には、その役割があります。しかし、基礎練習と音楽表現の練習が完全に分離されると、学習者が技術を何のために身につけるのかを理解しにくくなることがあります。

ピアノを学ぶ人にとって、バッハの作品で複数の声部を弾き分けること、モーツァルトのソナタで明瞭なタッチを身につけること、ショパンの作品で旋律を歌わせることも、重要な技術の学習です。こうした作品には、演奏技術と音楽的な表現が密接に結びついているという利点があります。

そのため、ハノンだけで技術を習得してから作品に進むという考え方よりも、実際の楽曲を学びながら必要な技術を発見し、それに応じて基礎練習を取り入れるという方法にも十分な合理性があります。技術と音楽性を別々のものとして扱うのではなく、両者を結びつけて指導することが大切です。

すべての学習者に同じ教本が必要なのでしょうか

もう一つの疑問は、ハノンをすべての学習者が同じように練習する必要があるのかという点です。ピアノを学ぶ目的や習熟度は、人によって大きく異なります。

音楽大学への進学を目指す学習者と、趣味として好きな曲を弾きたい学習者では、必要とする技術も練習時間の使い方も異なります。また、初心者にとっては、楽譜を読むこと、左右の手を協調させること、基本的なリズムを理解すること自体が大きな課題です。その段階でハノンの練習を大量に課すことが、必ずしも最善の方法とは限りません。

すでに十分に習得している音型を長時間繰り返すよりも、本人の課題に応じた練習を選ぶほうが合理的です。指の動きに問題があれば該当する練習を取り入れ、音階やアルペジオに課題があれば、それらを重点的に学びます。特定の技術に困っていない学習者であれば、レパートリーの学習に多くの時間を使うという選択も考えられます。

このように、ハノンは誰にとっても同じ量が必要な必修課題というよりも、学習者の状態や目標に応じて使い方を調整できる教材として捉えるべきでしょう。

身体への負担についても考える必要があります

ハノンを使用する際には、身体への負担にも注意する必要があります。指を高く持ち上げたり、強い力で鍵盤を押したり、速いテンポで長時間反復したりする練習は、身体に余計な緊張を生むことがあります。特に、手や腕の状態を十分に確認せず、教師から指定されたテンポや練習量を達成することだけを目標にすると、無理な弾き方が習慣になる可能性があります。

ただし、ハノンという教本そのものが必ず身体に害を与えるわけではありません。問題になるのは、個人の身体の状態や技術に合わない方法で練習したり、痛みや強い緊張を我慢して反復したりすることです。無理のない動作を意識し、必要以上の力を使わずに弾くことが大切です。痛みや違和感が生じた場合は練習を中止し、弾き方や練習量を見直す必要があります。

現代のピアノ指導では、指の動きだけに注目するのではなく、手首や腕を含めた身体全体の協調を重視する考え方もあります。ハノンを使用する場合にも、書かれている練習方法を絶対的な規則と考えるのではなく、より自然で負担の少ない演奏動作を身につけるという視点が必要です。

日本のピアノ教育における慣習への疑問

日本では、バイエル、ハノン、ブルグミュラー、ツェルニー、ソナチネといった教材を段階的に学ぶ方法が広く知られています。こうした学習経路には、基礎から応用へと段階的に技術を身につけられる利点があります。一方で、伝統的に使用されてきた教材が、十分な検討を経ないまま、当然のように課されることはないでしょうか。

ハノンが長年使用されてきたという事実は、その教材が多くの教師や学習者に受け入れられてきたことを示しています。しかし、長い歴史があることだけで、現在のすべての学習者にとって最適な教材であると証明されるわけではありません。定番教材であることと、全員に必須であることは区別する必要があります。

たとえば、教師が生徒にハノンを毎日練習するよう指示するのであれば、その目的や期待される効果について説明できることが望ましいです。指の独立性を養うためなのか、音の粒をそろえるためなのか、音階やアルペジオを学ぶためなのかによって、必要な練習内容も時間も異なります。目的が明確であれば、生徒も練習の意味を理解しやすくなります。

また、ハノンを弾いていないことを理由に、基礎練習が不足していると判断することも適切ではありません。音階やアルペジオ、ツェルニーなどの練習曲、実際の楽曲の部分練習を通じて、同様の技術や関連する能力を養うこともできます。重要なのは、特定の教本を使用したかどうかではなく、必要な技術がどの程度身につき、作品の演奏に生かされているかということです。

ハノンをどのように見直すべきでしょうか

ハノンの教育上の問題は、教本自体の価値だけでなく、それをどのように使用するかという指導方法にも関係しています。すべての曲を最初から最後まで順番に練習し、できるだけ速く弾くことを目指す方法だけが、唯一の正しい使い方ではありません。

たとえば、現在学んでいる曲に特定の指の動きが必要であれば、その動きに関連するハノンの練習を選ぶことができます。音の均一性に課題があれば、ゆっくりしたテンポで音量のばらつきを確認します。一定の音型を安定して弾けるようになったら、練習した技術を実際の楽曲のなかで使えるかどうかを確認します。このような方法であれば、ハノンは単なる反復課題ではなく、具体的な技術的問題を解決するための教材になります。

また、練習時間をハノンだけに偏らせないことも重要です。ピアノ学習では、基礎技術の練習、練習曲、楽曲の分析、初見演奏、音楽表現など、さまざまな学習を組み合わせる必要があります。限られた時間のなかで、どの練習にどれだけ取り組むことが最も有益なのかを考えることは、教師にとっても学習者にとっても重要な課題です。

ハノンを完全に否定する必要はありませんが、伝統的な教材だからという理由だけで無条件に使用し続ける必要もありません。教材の長所と限界を理解し、学習者にとって必要な部分を選んで活用する姿勢が求められます。

結論

ハノンの『ピアノ教本』は、指の動きや均一なタッチなど、ピアノ演奏の基礎技術を練習するための有用な教材です。しかし、練習すること自体が目的になったり、速く弾くことだけが評価されたり、すべての学習者に同じ方法が適用されたりする場合には、教育上の問題が生じる可能性があります。

ピアノ教育で大切なのは、特定の教本を最後まで終えることではなく、学習者が音楽を理解し、自分の身体を無理なく使い、作品をより豊かに演奏できるようになることです。そのためには、ハノンのような基礎練習と、実際の楽曲を通した音楽的な学びを結びつける必要があります。

長年の慣習をそのまま維持するのではなく、なぜその練習が必要なのか、どのような効果が期待できるのか、ほかの方法でも同じ目的を達成できるのかを考えることが重要です。ハノンを絶対的な必修教材として扱うのではなく、学習者の目的や課題に応じて柔軟に活用することが、より効果的で充実したピアノ教育につながるのではないでしょうか。

全訳ハノンピアノ教本
(全音楽譜出版社)

ハノンと同レベルのエクササイズ

アロイス・シュミット:『指の準備練習 Op.16』

ハノンに最も近い種類の指の練習です。五指の独立性、均一なタッチ、指の柔軟性を養い、音階やアルペジオの基礎にも取り組めます。ハノンの代替教材として特におすすめです。

ヨハン・ピシュナ:『リトル・ピシュナ:48の基礎練習曲集』

ハノンに似た反復型の練習を行いながら、指の独立性、指の間隔の拡張、親指の回転、手の移動を練習します。全調での練習も取り入れているため、鍵盤上の指の動きを体系的に学ぶことができます。

カール・チェルニー:『実用的指の練習 Op.802』

指の運動や鍵盤上のさまざまな音型を反復して練習する、機械的な要素の強い教材です。楽曲の表現よりも、指の動きや演奏技術を集中的に鍛えたい場合に適しています。

メカニカルな要素があるエチュード

カール・チェルニー:『初心者のための実用的な方法 Op.599』

五指の練習、親指の移動、オクターブを超える音型、調号、速いパッセージなどを段階的に学びます。純粋なエクササイズよりも旋律的な要素がありますが、基本的な指の運動を身につけるための練習曲として有用です。

カール・チェルニー:『30の技巧練習曲 Op.849』

指の敏捷性、均一なパッセージ、アーティキュレーション、鍵盤上の運動などを扱う技術的なエチュード集です。ハノンのような反復練習を、より楽曲らしい形式で学びたい場合に適しています。ハノンの易しい部分より難しい課題も含むため、学習者の進度に合わせて選ぶとよいでしょう。

カール・チェルニー:『40の日課練習曲 Op.337』

日々の技術練習を目的としたエチュード集です。指の運動や音型の反復を中心とする練習を通して、演奏技術を継続的に整えることができます。ハノンのような独立したエクササイズと、より楽曲的な練習曲との中間的な教材として検討できます。

ヘルマン・ベーレンス:『新しい速度教本 Op.61』

指の運動、音の均一性、速度、左右の手の協調を学ぶための練習曲集です。ハノンのような単純な音型の反復だけでなく、旋律的な要素を含むエチュードを通して技術を身につけたい場合に適しています。

「ハノン」に続くピアノ・エクササイズ

ヨハン・ピシュナ:『60の練習曲』

ハノンの次に取り組む候補として、特におすすめです。指の独立性、指の拡張、均一なタッチ、複雑な音型の運動などを発展させます。

エルンスト・フォン・ドホナーニ:『指の練習』

指の独立性や精密なコントロールを追求する、高度なエクササイズです。短い練習でも正確さが要求されるため、ハノンを十分に習得した中上級者以上に向いています。

ヨハネス・ブラームス:『51の練習曲』

重音、指の独立性、リズム、手の動きなどを高度な水準で練習する教材です。専門的な演奏技術を深めたい学習者向けで、ハノンよりも大幅に難しくなる課題があります。

シャルル=ルイ・ハノンの生涯

シャルル=ルイ・ハノン(Charles-Louis Hanon, 1819–1900)は、フランスのピアニスト、オルガニスト、作曲家、音楽教育家である。ピアノの指の訓練を目的とした教則本『60の練習曲によるヴィルトゥオーゾ・ピアニスト(Le Pianiste virtuose en 60 exercices)』の著者として知られ、現在も世界各国のピアノ教育で広く使用されている。日本では一般に「ハノン」の名で親しまれ、ピアノを学ぶ人にとって、バイエルやチェルニーと並んでなじみ深い存在となっている。

ハノンは1819年7月2日、フランス北部のルネスキュールに生まれた。幼少期から音楽に親しみ、地元の教師からオルガンを学んだとされる。その後、1846年にブローニュ=シュル=メールへ移り、オルガニストおよび聖歌隊を指導する楽長として活動した。同地では、音楽家でもあった兄フランソワと暮らしていた。彼の生涯については詳しい記録が多く残されているわけではないが、教会音楽と音楽教育が、その活動の重要な基盤となっていた。

ハノンはピアノだけでなく、オルガンやハルモニウムのための作品、声楽作品、音楽理論や演奏技術に関する教材なども手がけた。初期の出版作品には、1854年に発表されたピアノ曲『サヴォワの山々(Les Montagnes de la Savoie)』がある。その後も、ピアノ学習者のための小品集や、教会で使用するオルガン・ハルモニウムのための作品、聖歌集などを出版した。ハノンの活動は、演奏会用の作品を生み出すことだけではなく、実際の音楽教育や教会での演奏を支えることにも向けられていた。

彼の名を後世に伝えることになったのが、1873〜1874年ごろに刊行された『60の練習曲によるヴィルトゥオーゾ・ピアニスト』である。この教則本は、指の敏捷性、独立性、力、均等性、手首の柔軟性などを養うことを目的として構成されている。短い音型を繰り返し練習することで、左右の手の動きや各指の働きを整え、より複雑なピアノ作品を演奏するための基礎的な技術を身につけようとするものである。旋律や和声の美しさを味わう作品集というよりも、演奏に必要な運動能力を段階的に訓練するための実用的な教材として考案された。

この教則本は、音楽院や各地の音楽学校で使用されるようになり、やがて世界中のピアノ学習者に広まった。特に、同じ音型を繰り返す練習方法は、日々の練習に取り入れやすく、演奏を始めたばかりの学習者から高度な技術を身につけようとするピアニストまで、幅広い層に知られるようになった。一方、ハノンの練習曲を実際の演奏技術の向上に役立てるためには、単に速く弾くことだけを目標とせず、正確さ、音の均一性、適切な手の動き、不要な力みの回避などにも注意することが大切である。

ハノンは1900年3月19日、ブローニュ=シュル=メールで80歳の生涯を閉じた。彼の名は、数多くの創作活動よりも、ひとつのピアノ教則本によって世界的に知られるようになった。しかし、その教則本が世代や国境を越えて読み継がれてきたことは、ピアノ演奏における基礎技術の重要性を示している。ハノンは、優れた演奏に必要な指の訓練を独立した学習課題として体系化し、ピアノ教育の歴史に確かな足跡を残した人物である。

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ブルグミュラー練習曲 Op.100, 109 & 105 紹介 ピアノ初心者〜中級者にオススメ

25の練習曲 Op. 100(やさしい紹介)

ブルクミュラーの《25の練習曲 Op.100》は、ピアノを学ぶ人にとても人気のある練習曲集です。特に、バイエルなどでピアノの基本を学んだ初心者が、少し上のレベルへ進むときによく使われます。

この本には25曲が入っていて、一曲ごとに違った雰囲気があります。『素直な心』『アラベスク』『牧歌』『無邪気』『小さな集会』『貴婦人の乗馬』など、曲の名前から楽しい場面を想像できるものもたくさんあります。そのため、同じような練習をくり返すだけではなく、いろいろな音楽を楽しみながら練習できます。

ブルクミュラーのよいところは、「指を上手に動かすこと」と「音楽をきれいに表現すること」を一緒に学べることです。音符を正しく弾くだけでなく、強い音と弱い音を弾き分けたり、なめらかにつないだり、軽く弾いたりする練習ができます。右手のメロディーをよく聴きながら、左手を少し小さく弾くことも大切です。

練習するときは、最初から速く弾こうとしなくても大丈夫です。まず楽譜をよく見て、音やリズムを確認し、ゆっくり両手で弾いてみましょう。慣れてきたら少しずつ速くし、最後は曲の雰囲気や美しさを考えながら弾きます。

この曲集は、簡単な練習曲から少しずつ難しくなるので、自分の上達を感じやすいのも魅力です。全部の曲を急いで終わらせる必要はありません。一曲ずつ丁寧に練習して、「この曲は元気に」「この曲はやさしく」というように、それぞれの音楽を楽しむことが大切です。

《25の練習曲 Op.100》は、ピアノの基本を練習しながら、ただ音符を弾くだけではなく、「音楽を表現する楽しさ」を教えてくれる曲集です。バイエルの次の教材としても使いやすく、これからいろいろなピアノ曲を弾いてみたい人におすすめです。

ブルクミュラー「25の練習曲」
(全音楽譜出版社)

25の練習曲 Op. 100

ブルクミュラーの《25の練習曲 Op.100》は、ピアノを学ぶ初心者から初級後半の学習者にとって、とても親しみやすい練習曲集です。作曲者フリードリヒ・ブルクミュラー(1806–1874)が1851年に出版した作品で、日本では「ブルクミュラー」と呼ばれ、特にバイエルを終えた後の教材として長く親しまれています。

この曲集の大きな特徴は、練習曲でありながら、一曲一曲が小さな音楽作品として楽しめることです。ツェルニーのように技術練習を中心としたエチュードとは違い、旋律が美しく、曲ごとに異なる雰囲気や性格があります。『素直な心』『アラベスク』『牧歌』『無邪気』『進歩』『清らかな小川』『優美』『バラード』『貴婦人の乗馬』など、それぞれに違った表情があり、初心者でも曲のイメージを持ちながら練習できます。

バイエルでは、音符を読むこと、指番号、両手を合わせること、基本的なリズムなどを学びます。それに対してブルクミュラーでは、その基礎を使って、旋律を歌わせる、強弱をつける、フレーズを感じる、スタッカートやレガートを弾き分けるといった、より音楽的な表現を学びます。そのため、バイエルの「正しく弾く」段階から、「音楽として弾く」段階へ進むための橋渡しに適しています。

曲の中には、右手で旋律を弾きながら左手で伴奏をつける練習、音階的な動きをなめらかにつなぐ練習、和音をそろえて弾く練習、左右で異なるリズムを扱う練習など、初級から初中級へ進むために必要な技術が自然に入っています。技術だけを取り出すのではなく、「音楽の中で技術を使う」ことができる点が大きな長所です。

初心者は、音を間違えずに弾くだけでなく、強弱やフレーズにも注意するとよいでしょう。まず楽譜の音符、リズム、指使い、強弱記号などを確認し、必要なら片手ずつ練習してから両手でゆっくり弾きます。最初から速く弾く必要はなく、正確さと音の美しさを大切にして、慣れてきたら少しずつテンポを上げます。ペダルを使う曲では、音が濁らないよう、耳で響きを確かめながら練習することも大切です。

教師にとっても、この曲集は使いやすい教材です。25曲それぞれに違った技術や表現の課題があるため、生徒の弱点に合わせて曲を選べます。レガート、スタッカート、強弱、旋律と伴奏のバランス、リズムなど、具体的な課題を一曲ごとに設定できます。また、必ず番号順に進める必要はなく、生徒のレベルに合わせて曲を選んだり、難しい曲を後回しにしたりすることもできます。

この曲集では、自分の音をよく聴くことも重要です。旋律が伴奏よりもよく聞こえているか、スタッカートが軽く弾けているか、強弱が表現できているかを、自分の耳で確かめる習慣をつけると上達につながります。題名から曲の情景や性格を想像し、自分なりのイメージを持って弾くことも、音楽表現を学ぶよい方法です。

《25の練習曲 Op.100》は、単なる指の訓練教材ではありません。初心者が「楽譜を読む」「指を動かす」「音を聴く」「音楽を表現する」という基本を、一つの曲の中で学べる優れた曲集です。バイエルで身につけた基礎を発展させ、より豊かな音楽表現へ進むための教材として、現在でも非常に使いやすい存在です。25曲を終えることだけを目標にせず、一曲ごとに新しい技術と表現を身につけることを大切にすると、この曲集の良さを十分に生かすことができます。

ブルクミュラー「25の練習曲」
(全音楽譜出版社)

「25の練習曲 Op.100」と同程度の楽譜

ギロック「こどものためのアルバム」同程度~やや易しい、表情豊かな小品。ブルクミュラーとの併用に最適
グルリット「こども音楽会 Op.210」同程度、短く親しみやすい性格的小品
シューマン「ユーゲントアルバム(子供のためのアルバム)Op.68」同程度~やや易しい、歌、行進曲、舞曲など多様な音楽を学べる
カバレフスキー「24の小品 Op.39」同程度、リズム感があり、現代的な響きも体験できる
カバレフスキー「6つの小品 Op.27」同程度、短く性格が明確で、子どもの学習に向く
チャイコフスキー「こどものアルバム Op.39」同程度~やや上、ロマン派らしい旋律と表現を学べる
バッハ「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳」同程度~やや易しい、読譜、声部、アーティキュレーションの学習に適する
バッハ「12の小前奏曲」同程度~やや上、左右の手の独立とバロック様式を学べる
ツェルニー「100番 Op.139」同程度、ブルクミュラーより技術練習の性格が強い
モーツァルト「ウィーンのソナチネ」同程度~やや上、古典派のフレーズと形式を学べる
クーラウ「ソナチネ」同程度~やや上、バイエル後の古典派入門として適する
クレメンティ「ソナチネ」やや上、指の均一性と古典派の演奏法を学べる

18の練習曲 Op. 109

フリードリヒ・ブルクミュラーの《18の練習曲 Op.109》は、ピアノを学ぶ初級後半から中級への入り口にある人に適した練習曲集です。1858年に出版され、正式には《18の性格的な練習曲》と呼ばれています。楽譜の原題には、先に出版された《25の練習曲 Op.100》に続く作品であることが示されており、25曲で基礎を身につけた学習者が、さらに一歩進んだ演奏技術と表現力を学ぶための曲集として考えられます。全18曲からなり、一曲ごとに異なる性格と音楽的な特徴があります。

《18の練習曲》の大きな魅力は、《25の練習曲》と同じように、単なる指の訓練ではなく、技術と音楽表現を一緒に学べることです。ただし、内容は《25の練習曲》よりも一段進んでいます。より広い音域、細かな音型、装飾音、速いパッセージ、アルペジオ、左右の手の複雑な役割分担などが現れ、指を正確に動かすだけでなく、音楽全体を見ながら演奏する力が求められます。

各曲には「ないしょ話」「真珠」「羊飼いの家路」「ジプシー」「泉」「陽気な少女」「子守歌」「アジタート」「朝の鐘」「すばやい動き」「セレナード」「森の目覚め」「大雷雨」「ゴンドラの船頭歌」「シルフ」「別れ」「マーチ」「紡ぎ歌」といった性格を感じさせる題名があります。こうした題名も、この曲集を学ぶ楽しさの一つです。曲ごとに雰囲気が大きく異なるため、ただ機械的に練習するのではなく、「この音楽をどのように表現したいか」と考えながら演奏できます。

初心者にとっては、まず「《25の練習曲》より難しくなった」と理解しておくとよいでしょう。ただし、すべての曲が同じように難しいわけではありません。比較的取り組みやすい曲から、速い動きや複雑な技巧を必要とする曲まで幅があります。そのため、《18の練習曲》を始めるときは、18曲を必ず順番に完成させる必要はなく、先生と相談しながら自分に合った曲から選んでもよいでしょう。

この曲集では、特に「旋律を聴きながら伴奏を軽く弾く」ことが重要です。音符の数が多い部分では、つい動いている指に集中してしまい、主旋律が弱くなったり、伴奏まで強くなったりすることがあります。《紡ぎ歌》では、右手の細かな音型に気を取られず、重要なメロディーラインを意識することが演奏上の大切なポイントとされています。これは《18の練習曲》全体を学ぶうえでも、とても重要な考え方です。

また、《すばやい動き》のような技巧的な曲では、指を速く動かすことだけに集中すると、強弱が平らになりやすいという問題があります。速い音符を正確に弾くことと、音楽の強弱やフレーズを表現することを同時に行う必要があります。つまり、この曲集では「速く弾けること」よりも、「速い動きを音楽としてコントロールできること」が大切です。

《セレナード》では装飾音が重要な課題になります。音数が多いと、装飾音のほうが目立ってしまい、旋律が聞こえにくくなることがあります。そのため、装飾音を必要以上に強く弾かず、主要なメロディーをはっきりと歌わせることが重要です。このような練習を通して、指を動かす技術だけではなく、「何が音楽の主役なのか」を耳で判断する力が育ちます。

《大雷雨》では、強いリズムと大きな音の動きによって、嵐のような激しい性格が表現されています。このような作品では、音符を間違えないことに加えて、緊張感やクレッシェンド、アクセントなどを意識する必要があります。一方、《子守歌》や《ゴンドラの船頭歌》のような穏やかな曲では、音を急がず、旋律を美しくつなげることが大切になります。このように、曲によって必要な演奏方法が変わることも《18の練習曲》の重要な特徴です。

教師にとって、この曲集は「技術を音楽表現に結びつける教材」として特に価値があります。全音の楽譜の解説でも、フレージング、ペダル、発想を学ぶための入門曲集として紹介され、各曲について構成、技術、楽語などが解説されています。つまり、生徒に単に「正しい音を弾かせる」のではなく、音楽の構造を理解させ、適切なタッチやペダル、強弱を選ばせる教材として利用できます。

《25の練習曲》との違いを簡単に言えば、《25の練習曲》は初級者がピアノの基本的な表現を身につけるための非常に優れた入り口であり、《18の練習曲》は、そこからさらに進んで、より細かな技巧と豊かな音楽表現を身につけるための教材です。そのため、バイエル終了後に《25の練習曲》を学び、その後に《18の練習曲》へ進むという流れは、とても自然です。ただし、学習者によっては《25の練習曲》の後半と《18の練習曲》を並行して学ぶこともできます。

練習するときには、まず片手ずつ譜読みをして、指使いとリズムを確認し、その後ゆっくり両手で合わせます。速い部分は小さく区切って練習し、弾けるようになってから少しずつつなげます。ただ音符を正しく弾けるようにするだけでなく、旋律と伴奏のバランス、フレーズ、強弱、アーティキュレーション、ペダルまで意識すると、曲の完成度が大きく変わります。

《18の練習曲》では、特に「耳を使って練習する」ことが大切です。細かな音符が正確に弾けているかだけでなく、旋律が自然に聞こえているか、伴奏が重くなっていないか、強弱が伝わっているかを自分で聴きます。教師も「ここをもっと強く」と指示するだけではなく、「今、どの音が一番聞こえた?」「旋律は伴奏より前に出ている?」と問いかけることで、生徒自身が演奏を判断する力を育てられます。

《18の練習曲 Op.109》は、単に《25の練習曲》より難しい曲集というだけではありません。ピアノの基本技術を、より高度な音楽表現へ発展させるための教材です。速い音符、装飾音、アルペジオ、和音、幅広い音域などを練習しながら、それらを音楽の中でどのように使うかを学べます。特に、旋律を歌わせること、伴奏を軽く保つこと、強弱やフレーズを大きく考えることが重要です。

そのため、初心者が《18の練習曲》を学ぶ場合には、「18曲を全部早く終わらせる」ことを目標にする必要はありません。一曲ごとに新しい技術と表現を学び、その技術を次の作品へつなげていくことが大切です。《25の練習曲》で基礎を学んだ人にとって、《18の練習曲》は、初級から中級へ進むための非常に有益なステップとなるでしょう。ピアノ教師にとっても、生徒の技術だけでなく、和声感、様式感、フレージング、ペダル、そしてロマン派の音楽を表現する力を育てる教材として活用できます。

ブルグミュラー「18の練習曲」
(全音楽譜出版社)

「18の練習曲 Op.109」と同程度の楽譜

ヘラー「25の旋律的練習曲 Op.45」非常に近い、ブルクミュラーと同じく、技術と美しい旋律を同時に学ぶロマン派エチュード。メロディーと和声のバランスを学ぶのに優れる。全音もツェルニー30番と併用する教材として紹介している。
ツェルニー「30番練習曲 Op.849」近い、Op.109より「技巧」の比重が大きい。指の独立、均一性、音階、分散和音などを集中的に練習できる。Op.109の技術面を補う教材として非常に相性がよい。
シューマン「子供の情景 Op.15」近い~やや上、Op.109の性格的小品から、本格的なロマン派作品へ進む橋渡し。旋律、声部のバランス、細かなニュアンスが重要。ヘンレでは曲ごとにレベル4~5程度の中級域に分かれる。
チャイコフスキー「こどものアルバム Op.39」近い、短い性格的小品を通して、ロマン派の歌わせ方、音色、ペダル、舞曲的リズムを学べる。Op.109の「一曲ごとに異なる表情」という性格とよく合う。
カバレフスキー「24の小品 Op.39」近い~やや易しい、短く性格が明確。リズム、スタッカート、アクセント、現代的な和声感を学べる。Op.109とは異なる音楽語法を経験できる。
グリーグ「抒情小曲集 第1集 Op.12」近い~やや易しい、小品としての表現力を磨くのに最適。第1曲《アリエッタ》や第4曲《妖精の踊り》などは中級域に入り、Op.109のロマン派的表現を発展させやすい。一方、第2・3・5曲などはやや易しい。
グリーグ「抒情小曲集」の中程度の作品、近い~やや上、美しい旋律だけでなく、ペダル、和声、音色、民族的なリズムを学べる。Op.109より音色面の要求が強くなる作品もある。
バッハ「2声のインヴェンション」同程度の学習段階、技術の種類は違うが、Op.109で身につけた指の独立を使って、2つの旋律を同時に聴く力を育てる。ポリフォニーの基礎として重要。
バッハ「小前奏曲と小フーガ」近い~曲により上、バロックの明瞭なアーティキュレーション、声部の独立、音楽の構造を学ぶ。Op.109とは対照的な学習内容を補える。

12の練習曲 Op. 105

ブルクミュラーの《12の練習曲 Op.105》は、《25の練習曲 Op.100》や《18の練習曲 Op.109》よりも高度な技術を求められる、ピアノ中級者向けの重要な練習曲集です。正式には《12の旋律的で華麗なる練習曲》といい、1854年に出版されました。全12曲で構成され、全曲の演奏時間は約25分40秒です。日本では《25の練習曲》ほど一般的ではありませんが、ブルクミュラーが書いた練習曲の中では、より本格的な演奏技術と豊かな音楽表現を学べる作品集です。

《25の練習曲》では、初級者がレガート、スタッカート、強弱、フレーズなどの基本的な音楽表現を身につけることが大きな目的でした。《12の練習曲》になると、それらをさらに発展させ、音階、アルペジオ、分散和音、重音、装飾音、速いパッセージ、広い音域での動きなど、より本格的なピアノ技巧が扱われます。同時に、単に指を速く動かすだけではなく、旋律を美しく歌わせ、伴奏とのバランスを整え、細かな強弱やフレーズを表現することも求められます。

この曲集の魅力は、「練習曲」と「演奏会用の小品」の中間にあるような性格です。各曲には旋律的で華やかな音楽があり、技術練習をしながら、ロマン派らしい表現を学ぶことができます。特に第1番ではアルペジオ、第11番ではトレモロと分散和音の伴奏の上で旋律を歌わせる技術など、曲ごとに異なる課題が置かれています。

中級者にとって最も大切なのは、「音符を全部正しく弾く」ことから一歩進み、技術を音楽のために使うことです。速いパッセージが出てきても、ただ指を速く動かして終わりにするのではなく、どの音が旋律なのか、どこにフレーズの頂点があるのか、どこで音楽が緊張し、どこで落ち着くのかを考えます。細かな音型が伴奏として働いている場合には、それを軽く保ちながら、旋律を前に出す必要があります。こうした練習は、ショパンやリストなど、より高度なロマン派作品へ進むときにも役立ちます。

また、装飾音や細かな音型は、単に指を動かすためのものではありません。装飾音が旋律を美しく彩っているのか、それとも音楽の流れを邪魔しているのかを耳で判断する必要があります。速い音符が多い曲でも、すべての音を同じ強さで弾いてしまうと音楽が平坦になります。したがって、指の正確さと同時に、音の重さ、タッチ、フレーズ、アクセントをコントロールする能力が重要になります。

教師にとって《12の練習曲》は、中級者の技術を一段上へ引き上げる教材として使いやすい曲集です。全音楽譜出版社も、この曲集について、ブルクミュラー《18の練習曲》やヘラーの《25の練習曲》に続いて必要となる練習曲であり、一般の作品と併用できる教材として紹介しています。また、旋律的な音楽の中にさまざまな技術的課題が組み込まれていると説明されています。

指導では、一曲ごとに「何を学ぶ曲なのか」を明確にすると効果的です。たとえば、ある曲ではアルペジオの均一性、別の曲では速いパッセージの軽さ、別の曲では旋律と伴奏のバランス、さらに別の曲では装飾音やペダルを課題にできます。これによって、練習曲を単なる「宿題」にせず、具体的な演奏能力を身につけるための教材として利用できます。

また、18曲すべてを同じ方法で練習する必要はありません。中級者の場合、現在の弱点に合った曲を選び、数曲を重点的に仕上げる方法も有効です。技術的に余裕のある曲では音楽表現を深く学び、難しい曲では必要な箇所を部分練習するという使い分けもできます。特に教師は、生徒の手の大きさ、指の独立、読譜力、テンポ感、音楽的な成熟度を考えて選曲するとよいでしょう。

《12の練習曲》ではペダルも重要になります。分散和音や広い響きを持つ部分ではペダルによって音楽的な効果を高めることができますが、踏み続けて音を濁らせてしまってはいけません。まずペダルなしでも指だけで旋律と和声を整理し、その後で必要な場所にペダルを加えるほうが、音楽の構造を理解しやすくなります。

学習の順序としては、《25の練習曲 Op.100》を終えた後に《18の練習曲 Op.109》を学び、さらに《12の練習曲 Op.105》へ進むという考え方が一つの目安になります。ただし、出版順と難易度の関係は単純ではなく、《12の練習曲》は1854年、《18の練習曲》は1858年に出版されていますが、実際には《12の練習曲》のほうが高度な内容を含むとされています。ブルクミュラーのこの3つの練習曲集が段階的に構想されたと考えられる一方、その出版事情や曲順には複雑な点もあります。

したがって、《12の練習曲 Op.105》は「ブルクミュラーだから初心者向け」と考えないことが重要です。《25の練習曲》とはかなり性格が異なり、中級者が本格的な技巧と音楽表現を身につけるための曲集です。ピアノ教師にとっては、ツェルニーなどの技術練習曲と一般のレパートリーの間をつなぐ教材としても利用できますし、学習者にとっては、練習曲でありながら美しい音楽を楽しみながら技術を高められる点が大きな魅力です。

特に大切なのは、速く弾くことや難曲を完成させることだけを目標にしないことです。正確な指の動き、均一なパッセージ、旋律と伴奏のバランス、自然なフレーズ、豊かな音色、適切なペダルを一つずつ身につけることで、《12の練習曲》は中級者の演奏を大きく成長させる教材になります。ブルクミュラーの親しみやすい旋律と高度なピアノ技巧が結びついているため、ツェルニーなどの純粋な技巧練習だけでは得にくい「技術を音楽へ変える力」を学べる、非常に価値のある練習曲集です。

ブルグミュラー「12の練習曲」
(全音楽譜出版社)

「12の練習曲 Op.105」と同程度の楽譜

ツェルニー「40番練習曲 Op.299」かなり近い、Op.105より技術訓練の性格が強い。音階、分散和音、指の均一性、速いパッセージを鍛える。Op.105の華麗な技巧を支える基礎作りに向く。
ツェルニー「50番練習曲 Op.740」同程度~やや上、Op.105と同じく華やかな技巧を扱うが、よりヴィルトゥオーゾ的。指の敏捷性、跳躍、重音、アルペジオなどを高度に鍛える。Op.105からさらに上へ進むための教材。
ヘラー「25の練習曲 Op.45」やや易しい~近い、旋律と和声を重視する音楽的なエチュード。Op.105ほど華麗な技巧には偏らず、フレーズ、歌わせ方、伴奏とのバランスを学びやすい。全音も技術練習との併用を勧めている。
ヘラー「25の練習曲 Op.46」近い~やや上、Op.45より本格的で、音楽的な表現と技巧の両方を要求する。Op.105の「旋律+技巧」という性格に比較的近い。
シューマン「子供の情景 Op.15」い~やや易しい、技巧よりも音楽的成熟度を強く要求する性格的小品集。Op.105で学んだ旋律の歌わせ方やロマン派的表現を発展させるのに適する。
メンデルスゾーン「無言歌集」近い~曲によりやや上、Op.105と同じく「旋律的・華麗」なロマン派小品。旋律を歌わせながら伴奏を軽く保つ能力を育てる。全体として難易度は中程度だが、曲による差が大きい。
グリーグ「抒情小曲集」近い~曲により易しい/上、短い性格的小品で、旋律、音色、ペダル、民族的リズムを学べる。第1集は比較的易しいので、Op.105の前後をつなぐレパートリーとして便利。
ドビュッシー「2つのアラベスク」やや易しい~近い、技巧の種類はOp.105とは異なるが、アルペジオ、ペダル、音色、柔らかなタッチを学べる。ロマン派から近代フランス音楽への橋渡しになる。ヘンレでは第1・2番ともレベル4。
ドビュッシー「夢(Rêverie)」近い、Op.105とは違い、速さより音色とペダル、旋律の浮かび上がらせ方が課題。ヘンレではレベル5。
ショパン「ワルツ集」の中級作品、近い~やや上、Op.105で身につけた華麗な右手の動き、旋律、伴奏のバランスを、より本格的なロマン派表現へ発展させられる。作品によって難易度が大きく異なる。
ショパン「ノクターン」の比較的易しい作品、近い~やや上、技巧そのものより、旋律の歌わせ方、装飾音、ルバート、伴奏のコントロールを要求する。ヘンレではOp.27-1・2をレベル6としている。
バッハ「平均律クラヴィーア曲集」第1巻の易しい前奏曲とフーガ、技術的には別方向の同程度、Op.105のロマン派的技巧とは対照的に、声部の独立、ポリフォニー、構造を学ぶ。中級者の総合的な力を伸ばすのに有益。
モーツァルト「ピアノ・ソナタ」K.283など、近い~やや易しい、Op.105とは異なる古典派の技術。音階、分散和音、明快なフレーズ、左右のバランスを学び、演奏の基礎を広げる。ヘンレではK.283をレベル5としている。
ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ Op.14-1, Op.14-2」近い~やや上、Op.105の短い練習曲から、より大きな形式を持つ本格作品へ進むための橋渡し。古典派特有の構成感とアーティキュレーションを学ぶ。
ブラームス「ワルツ Op.39」近い~やや易しい/上、Op.105とは違う落ち着いたロマン派表現。内声、和声、声部のバランス、柔らかなタッチを学ぶ。

ブルクミュラー「25の練習曲」
(全音楽譜出版社)

ブルグミュラー「18の練習曲」
(全音楽譜出版社)

ブルグミュラー「12の練習曲」
(全音楽譜出版社)

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